北斗EMイベント:Kathleenは2015年2月20日22:00~(2015年2月20日再掲)

北斗EMサイト

Kathleen(北斗シャード) が更新されました。

内容は以下↓詳細は北斗EMサイトをご覧ください

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Kathleen(北斗シャード)  Posted on by Riccia

こんにちは
王室広報官のRiccioです。

VesperのAckermannさんからの依頼です。

最近Kathleen殿の様子がかなりおかしい
先日も彼女の家政婦から様子を伺ったが、お召し物の趣味も変り
最近は彼女の部屋がやけに寒いらしい。
一体彼女の身に何が起きているのか調べる必要があるようだ。

万一に備えて冒険者のみなさんにも協力をお願いしたい。

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日時:2015年 2月20日(金) 22時
集合場所:Vesper銀行前(トランメル)

注意事項:
◆ 当日はチャットチャンネルHokuto EM Eventへお入りください。
◆ 円滑なイベント実施のため、皆様のご協力をお願い致します。
◆ 貴重品はお持ちにならないでください。(装備品の保険をお忘れなく!)
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Kathleen」

深夜、燭台のほのかな明かりのなか、テーブルに置かれた緑色の小瓶を見つめた若い女が布張りの椅子に座っていた。

あの日から、ただ不安の中にいる。
首筋の噛み傷はどんな治療をしてもいまだに消えない。
でも、「あれ」が起きたときの事はいまだにはっきりと覚えている。

真冬だというのに胸と腰にごくわずかな白革の衣装を身に着けただけの女。
銀色の長い髪、背中に広がる濃紫の飛膜の翼、人間離れした美貌には蠱惑的な表情を浮かべていた。
「あら…綺麗な娘(こ)だこと。あのおちびさんを待っていたのだけれど、意外な獲物がとびこんできたわ。」
腕組みしてVesper首長官邸にもたれていた魔性は、私を一目見て誘惑するように微笑んだ。
猫のような金の瞳を見なくても、人類でないことは明らかだった。

「貴様・・・誰だ?」
「こういうときは自分から名乗るのが礼儀じゃなくって?
まぁいいわ、あなたの可愛さに免じて教えてあげる。
私はGeneral frost、栄えあるMinax様の部下の一人…。」
女が近づいてくるだけで、体の熱が奪われていく。
あまりの冷気に唇が見る見る青ざめるのが自分でも分かった。
かじかんでしまってそれ以上口を開くことができない。
「ふぅん・・・その盾の紋章・・・ブラックソンの配下ね?
身なりからして地位も高そうだし、こんなに若いお嬢さんなのにけっこうやり手なのかしら?」
私を値踏みするように一周し、感心したようにつぶやく。
鎧の下に着込んだ防寒のキルティング服でさえ、女の冷気を防げない。
足は地面に張り付いたように動かなくなっていた。
魔物はやさしいとさえいえる表情で、私の頬をなでる。
「あらあら、ひどく凍えちゃって。もう大丈夫よ、こんなの平気にさせてあげる。
あなたのこと気に入ったから・・・。」
撫でられたあとがひりひりと痛む。
かろうじて動いた左手が、ベルトに下げたナイフの柄をつかんだ。
逆手で鞘から抜いて魔物の腰に根元まで突き立てる。
だが、それで形勢が逆転するわけではなかった。

General frostはなだらかな曲線を描くくびれた腰にナイフを刺したまま、邪悪で慈悲深い微笑を浮かべた。
「あらあら、おいたはだめよ?」
痛みを感じた様子も無く、ナイフを抜いて捨てた。
「熱は私の活動の源。いまはあなたの体温が私の糧(かて)。私を傷つけても無意味よ。」
魔物が血の一滴すら出ないぽっかりと開いた縦長の傷を撫でると、跡形も無く消え去った。
「私を傷つけた罰が必要ね?」
突然General frostが私の左の首筋に噛み付いた。
「きゃあああああああ!」
全力で突き飛ばそうとしても、がっちりと背中に絡みついた魔物の腕のせいで微動だにしない。
Kathleenははっきりとした力の差に愕然とした。

ブラックソン城の兵士は誰もが厳しい訓練を受ける。
そこに男女の区別は無く、Kathleenも例外ではない。
陛下は能力のあるものを的確にその役職を割り振る。
彼女も並み以上の体力と剣の腕前があった上に、探索能力の高さを認めての調査官任命だった。
だが、General frostはその自尊心を根こそぎ奪った。
桁違いの敵を見誤ったのだとはじめて悟った。だがもう遅い。

異様な頭痛と霞んだ意識のなか、General frostの言葉を聴いた。
「ほほほ、美味な血だこと。お前にはこれからしっかり働いてもらうわ。
そして、これはわたくしの保険にもなる。一挙両得とはこれのことよ。」
保険とはどういうことだ、とかすかに思いつつ、そこで意識が途切れた。

そのあとのことは、前の冬に起きたとおり。
Vesperに集まった冒険者や動物達に心配されつつ、なんとか任務をこなした。
General frostは冒険者たちの力を借りて倒せたが、部下になったRalphという盗賊が
魔物のコアを持ち去ったあと行方不明になっている。
Ackermannという名の技術屋あがりの贋作屋が、冷気発生装置の破壊に手を貸してくれたおかげで
全都市に設置された冷凍灯台の処理はめどがついた。夏になる前に倒壊したと報告を受けた。
贋作屋はTrinsicに軟禁の後、Vesperで働かされているそうだが、そちらのことは各都市の管轄だ。

だが自分は。
あの日を境におかしくなってるのは自覚している。
まず口調が変わったといわれた。
そして自室の箪笥に見覚えのない服が増えた。
腕に自信のある女性冒険者が使っているような、肌を隠す場所が少ないかなりきわどい革鎧や、
たっぷりと布地を使い、襞(ひだ)を多く取った深紅のドレスに、背中が大きく開いた鮮やかな夜藍色のイブニングドレス。
宝石をふんだんに使った特注品と思われるラヴァリエールが出てきたときには、めまいを覚えた。
伯爵家を出奔してから、実用一辺倒でそろえていた自分にはありえない無駄遣いだ。
高価な絹製の生地に薔薇の刺繍を縫い取った扇情的な下着が出てきたときには、
おもわずタグに書かれていた裁縫屋を訪ねて、注文して受け取ったのが自分だと確認して呆然とした。
古くからの友人によると、最近では職場でだれかれかまわず誘惑して回っているらしい。
仲が良くなった街のパン屋で教わった焼き菓子はいつもどおり焼いたはずなのに、
先日Vesperからの礼状にブランデーを入れたら食べられないと書かれていた。
自分のレシピで、そんなもの入れるはずが無い。

もうだめだ。
自分ではない「だれか」が私の中にいる。
日々の冬の訪れを感じるたびに、「それ」の気配はどんどん強くなっている。
わたしにはもう、「それ」の行動を抑えられない。
だから―――――――――。

Kathleenは緑の小瓶の蓋を開け、一気に飲み干した。
すさまじい苦味と焼け付くような全身の痛みが駆け巡る。
胸元をかきむしり苦悶しながらも思った。
これでいい、誇りのあるうちに死なせて・・・。

どこかで女の哄笑が聞こえた。
聞き覚えのあるその声は、Kathleen自身が発していた。
自分の意思とは関係なく、騎士魔法Cleanse by Fireが発動する。
死すら許されない――その絶望の中、彼女は「それ」を押さえ込もうと抗い、意識を失った。
涙がひとすじまなじりからこぼれ、それは凍りながら転がり物陰に消えた。

*     *     *

「おっちゃん、ちょとおつかいお願いしもきゅ。」
Ackermannは朝の挨拶もそこそこに首長官邸で言い渡された。
「おつかい?なんだよ、moegiじゃダメなお使いか?そりゃ金くれたら何でも買ってくるが。」
「そっちじゃないもきゅ。これ読むもきゅ。」
執務机の上に広げられた一通の手紙をたしたし、と両手で叩く。
ブリテインにいる治療師からの連絡だった。
首長が評議会に初登城したとき聴衆に尻尾を踏まれ、
たまたま居合わせた治療師が城内で治療をして以来の顔なじみだという。
手紙にはKathleenの自殺未遂と彼女の不可解な行動について、几帳面な文字でつづられていた。

フェレットから取り上げて読み進むと、小さくうなった。
「ん。Kathleenって、いつも菓子送ってくる調査官か…自殺?ありえん。あのお嬢、そんなに繊細か??」
「おっちゃん・・・いくらなんでも、もうちょっと心配してあげてもきゅ?」
「いや・・・そうだな。てか、こういう内容ならお使いじゃなくてお見舞い、な。
もうちょっと人の言葉勉強しろ?」
「お見舞い!…メモメモ。とにかく命に別状が無いらしいから安心もきゅけど・・・。」
Kellyは引き出しから菓子の袋をくわえて男に渡す。
「これ、キャッシーがこないだ送ってくれたお菓子もきゅ。」
袋を開けると、酒精のいい香りがする。
「うまそうだな、これがどうかしたか?」
「もえちゃもふぇれともお酒の入ったお菓子は、すぐに酔っ払っちゃうから食べられないもきゅ。」
「ふむ」
ひとつ口に入れてみる。
すぐに吐き出した。
「な、なんだこりゃ。しょっぱいぞ。」
強いブランデーの香りがする塩味のクッキーは、とても食べられる代物ではなかった。
「なんか変もきゅ・・・こないだ陳情に行ったとき見かけたけど、あれはほんとにKathleenもきゅか?」
「動物の勘を差し置いても、これはあきらかにおかしいよな。」
塩クッキーの袋をつついて、考え込む。
治療師の手紙には、魔術と薬学に知識のある者の派遣についても書かれていた。
何が起こっているか分からない今、首長自身は来ないようにとも。
どう考えてもAckermann以外に行けそうな人間がいなかった。

「とりあえず、だな。俺が様子を見てくればいいな?」
「ぁぃ・・・よろしくおねがいしもきゅ。」
小さな首長は男に向かってぺこりとお辞儀した。

*     *     *

治療師Nevinは城下のブリテイン治療院で待っていた。
「ようこそVesperのかた。私はNevinです。どうぞお見知りおきを。」
「Ackermannだ、ベスパーで色々やってる。よろしくな。」
初老に差し掛かった年齢に見える治療師は、来客に椅子を勧めた。
席に着くなり、一本の薬瓶を机の真ん中に置いた。
中身は空だ。ごくわずかに濃い緑色の液体が瓶の底に残っている。
錬金術をたしなむ者にはなじみのある、だが危険な液体。
その色合いからひと目で正体を見抜いた。

「D毒か?」
「左様です。私がKathleen殿の家政婦に呼ばれたとき、この瓶を見つけましてな。
おかしなことに彼女を発見したときにはすでに解毒済みでした。」
「たしかに変だな。自殺を選ぶ人間が解毒はしないだろう。」
「苦しみのあまり思わず解毒の魔法を使ったかもしれませぬが…。
倒れて以来、意識を取り戻さないのがいま一番の問題です。」
身体的には何の異常もなく、ただ眠っているのです、と続ける。
今は通いの家政婦が介護をしているが、長引くとBlackthorn王、Kathleenの立場的にまずいことが起こりかねないらしい。

治療師はとつとつと事情を話し続けた。
「彼女はとある貴族のご令嬢でしてな・・・私は若い頃からKathleen殿のお父上と懇意にしております。
幼少の頃から剣術などの武術がお好きで腕も立つゆえ、日ごろからお父上との折り合いが悪く、数年前出奔されてしまわれたのです。
そもそも貴族の娘の仕事というと、せいぜい読書に刺繍、踊りといったところでしょう。
それに適齢期が来れば、家同士のつながりを強める意味での政略的婚姻関係も結ぶものです。
Kathleen殿はそういうものが全てお嫌いで、昔から家族と衝突してばかりだったのです。
出奔がわかってからというもの、お父上はそれはもう心配のご様子で。
秘密裏に随分と長い間探されておいででした。」

身に覚えのある男は思わず唸った。家出息子の次は家出娘、ときたか。
自分のときは探された気配すらなかったが、そこは身分と男女の違いか。
だが、世間知らずの貴族のお嬢様が経験した苦労は察して余りある。
それでもいままで一人の兵士として勤め上げているのだから立派なものだ。
どこぞの誰かとは大違いだ、と自分で皮肉ってみる。

「あるとき、お嬢様はBlackthorn陛下のご帰還のときの警護兵募集に身分を隠して応募されました。
正式に登用されてしばらくは普通の兵士として勤めておったのです。
ですが私が声をかけたばかりに身分がばれ、それは同時に大きな問題になったのです。」
Nevinは額を押さえ、深くため息をついて頭を振った。

「当然ながらお父上はKathleen殿を領地の邸宅に戻すことを要求され、
Kathleen殿の事情と固い意志を聞かれたBlackthorn陛下は、彼女自身に身の振り方を選ばせました。
無論彼女の意思は変わりませなんだな。
結局父親が折れ、表向きには家名から廃嫡の上で一兵卒にとどまることとなりもうした。」
「しかし、あのお嬢、いやKathleen殿はいま王室付きの調査官だよな? 何か密約でもあったのか?」
「まさか。あれはあの方の実力です。陛下は徴用についてはまったく厳正なお方でございます。
多少は出自の影響もあったでしょうが微々たる物でしかありますまい。」

ここまで聞いてAckermannはふと不安を覚えた。
「そんな内輪の事情、俺が聞いて大丈夫なのか??」
Nevinは微笑んだ。
「今話したことは城にかかわるものにとって、公然の秘密です。
貴族娘の気まぐれおままごとと悪口を言うものもおりますが、
きちんと結果を出している以上よき士官でありましょう?」
「なるほど。陛下もいまさら有能な部下のひとりを手放すわけがないということか。」
「それもですし、ご実家があのニジェルム貴族の伯爵家となると、対応をひとつ間違うと大変なことになりかねません。」

ようやく自分が呼ばれた理由が分かった。
もしこのままKathleenが目覚めなければ、Blackthornは伯爵家を敵に回すことになる。
かつてBlackthornの偽物がこのブリタニアを蹂躙したことがあるため、
貴族社会においてBlackthornの支持基盤はいまだ磐石とはいえない状況だ。
そのため冒険者の中でも力を持つものを、大きい都市の首長として据え調整を図っているのだ。
Ackermannの失敗はVesperの責任問題となる。
だが、Vesperは動物が治めるという特殊な状況ゆえに、万が一Kathleenが死亡という事態が起きても
動物たちを街から追い払って、責任をうやむやにしやすいだろう。

Ackermannは思わず頭を抱えたくなった。
ほんの数ヶ月前、ニジェルム貴族がらみの後味の悪い仕事をやったばかりだ。
こんな身近にニジェルムが絡んでくるとは、正直逃げ出したかった。
ふいに脳裏にチビの姿が浮かんだ。
(おねがいしもきゅ)と、心細そうな黒い瞳で見上げていた。
ああいう目をされると弱い。それにいまさら、一度腰を落ち着けた場所を失うのもやるせない。
だめだ、やるしかない。

「わかった、それで俺は何をすればいい?」
その口調に決意を感じたのか、Nevinは深くうなづいた。
「あなたが賢明な方でよかった。まずはKathleen殿の家に行くとよろしいでしょう。
彼女の身の回りの世話をしている家政婦がおりますので、話を聞いてみてください。
地図をお書きしますので、少々お待ちを。」
治癒師は簡単な地図を羊皮紙の端きれに書き、くれぐれもよろしくとAckermannを送り出した。

*      *     *

Kathleenの家は、ブリテインの東、城にも程近い場所の借家だった。
意外と質素な建物だが、自分の給金だけでやりくりしているにしては大きな家だ。
家の外は綺麗に整えられ、花壇には花々があふれている。
その一つ一つが、実は貴族の愛好家の間では高値で取引をされる珍しい植物ばかりだ。
彼女の立ち居振る舞いに市井の人間との差を感じていたが、やはり、といったところだ。
技術屋はあきらめたようにひとつため息をつき「よし、やるか。」とつぶやき扉を叩いた。

家政婦は育ちのよさそうな小太りのAdeleという女性だった。
Kathleenには知らされていないが、伯爵家にゆかりのある名家から派遣されたという。
ときおり伯爵家へKathleenの様子を伝えていたらしい。

「それで?見つけたときにはすでに意識はなかったと?」
「は、はい・・・」
Adeleは落ち着きなく真っ白なエプロンの端を握り締めてくしゃくしゃにしている。
Kathleen邸の居間、服毒したときのままなのか物が散乱していた。
テーブルクロスは片側に滑り落ち、銀の鶴首の花瓶は花ごと床に落ちて絨毯をぬらしている。
D毒の瓶は先ほどブリテイン治療院で見たとおりだろう。

それでも何かないか、とテーブルの下やその周囲を調べてみながら家政婦に尋ねる。
「Nevin様に言われたとおり、何一つ片付けておりません。」
「そのようだな・・・調査官殿は最近何かに悩んでたか??」
「ときおり思いつめた顔をなさってましたが、仕事のことだといつも言われまして。
ですが、Kathleen様あてに届いた請求書を見て大きい声を上げられていたことはございました。」
「何の請求書だ?」
「その・・・Kathleen様のお召し物です。The Right fitという店のものです。」
はっきりといわない家政婦に再度問うてみると「殿方には関係ございません!」と強い口調で言われた。
店で聞いてみるしかないだろう。

テーブルクロスをめくってみて、そこに透明な硝子のような破片を見つけた。
涙滴型をしたイヤリングの飾りかとおもったが、つまみ上げたとたんに融けて指先をぬらす。
舐めてみるとしょっぱくかすかに苦い。
さまざまな秘薬と錬金の薬を扱うAckermannだが、その味に覚えはない。
だが、それがKathleenの涙とは知る由もない。

Kathleen本人には会わせてもらえなかったが、眠り続ける彼女に何か異常が起こるか、
自然に目覚めたらNevinに知らせることを言い置いて家を立ち去った。

くだんの裁縫屋を訪ねると、店の女主人が台帳を見ながらしたり顔をする。
「いえね、あのお嬢さんも年頃でしょう?でもちょっとね・・・。」
「・・・は?」
「あらやだ、まぁ、NevinさんとAdeleには内緒よ?お嬢さんは時折こちらへお越しになって
恋人に見せるための素敵な下着とか、隠す場所のほうが少ない皮鎧とか注文なさってたのよね。」
たしかにそれは家政婦の口からはいえない。

「私も仕事だからお作りして納めたけど、様子がおかしかったわね。
『このようなものは注文してない、何かの間違いだ』といわれたこともあったし・・・。
でも説明したら最後はきちんとお金を払っていただけたわね。
とても困惑しておられたけど、店のお針子たちが採寸したのだから、あの方のこと見間違えることないもの。」
女主人はKathleenが注文したという衣装の見本を見せてくれた。
女性用の皮鎧一式は実用品というより観賞用の衣装に近く、下着にいたっては
独り身のAckermannには永久に拝めそうにないほど手の込んだ繊細なキャミソールだった。
Kathleenの何か見てはいけない面を見た気がして、Ackermannはそそくさと店を後にした。

店を出てしばらく歩いたとき、後ろから声をかけられた。
The Right fitのお針子の少女だった。
「すいません、あの、お知らせしなきゃいけないと思ったことがあって呼び止めさせていただきました。」
栗色の髪を左右のおさげに結った少女はAckermannを思いつめた表情で見上げる。
「Kathleen殿のことか?いや、何でもいい、気になることがあったら教えてくれ。」
「少し前のことですが、私見たんです・・・Kathleen様の家の近くにある東屋で誰かと会っておられました。」
「どんな人物だった?」
「その、最初、Kathleen様の彼氏かなって思ったんですけど・・・。
でも、変な感じでした。フードつきの地味なローブを着てて、Kathleen様と話をするときはフードを脱いでて。
真っ赤なオークマスクをかぶってて、あっ、声は私よりちょっと年上くらいの年頃っぽい人でした。」
少女が16,7歳くらいだろうか。Ackermannは話の続きを促す。

「ふむ、それで?」
「いきなり抱きついてKathleen様に蹴られてました。あの・・・すごく、喜んでました。」
「・・・・・。」
Ackermannはため息をついて脱力した。
蹴られながら喜んでたとか、どう考えても思い当たる人物が一人しかいない。
「何か会話は聞こえたか?」
それでもなお問うと、少女は小首をかしげながら思い出そうとする。
「えっと、Kathleen様が?間違いだったとか、コア?に気持ち悪いことをするなとか。
あと、あまり遠く離れるな、なんていってましたっけ。
オークマスクの人はあなたの下僕ですとか、もっと、って・・・。」
「うわー・・・」
「普通の恋人の会話じゃないなーって、つい、最後まで聞いちゃいました・・・。
別れ際に、もうじき支配できる、とか準備しておけって。」
「なんだと?」
急に怖い顔をしたAckermannに、少女は小さく悲鳴を上げる。
「こいつは急がなきゃならん、いいことを教えてくれたな、礼を言う。」
Kellyから渡されていた路銀の皮袋から、じゃらりと一握りの金貨をつかんで少女の手のひらに乗せる。
「しばらくの間、俺にした話は誰にもいわないでくれ、たのむ。人の命がかかってるんだ。」
「わ、わかりました。決してお話しません。」
「たのんだぞ。ありがとな。」
Ackermannは少女と別れ、宿に戻ってNevinに手紙を書いたあと部屋を引き払った。
ある人物を尋ねなければいけなかった。
彼としては非常に会いたくない人物だったが、そうもいっていられない状況だった。

*     *     *

Olegの家はUmblaのはずれ、街から離れた山すそにひっそりと建っていた。
砦と言っても差し支えない邸宅は、その壮麗さと相反して退廃的かつ陰鬱な雰囲気がぬぐいきれなかった。
それも仕方のないことだろう。
庭に植えられた木は黒くねじくれ、枝先には得体の知れぬ黒い果実がたわわに実っている。
だが、それは果実などではないことをAckermannは知っていた。
黒ずんだ果実ひとつひとつが死霊術師に捕らえられた魂であり、黒魔術の仕込みを待つ「在庫」でもあった。

最初会ったころは自分も魂を抜かれるんじゃないかと、仕事のつど魔術の護符などをこっそり持って訪問したものだが、
そこはOlegもわきまえているようで、庭木の話題が出たとき、街道や山賊の砦で旅人を襲う山賊が主な材料さ、
と平然とした態度であっさり話してきたのだった。
「第一、俺は金が大好きだ。依頼人を殺したら誰が金を払ってくれるんだ?ん?」
口を開かなければ、黒曜石色のつややかな髪と人当たりのいい笑顔を持つ男だ。
大半の人はその朗らかな笑顔にだまされることだろう。
そのときもAckermannが護符をしまいこんだ上着の左ポケットを、見透かしたように軽くつついて笑っていた。
きちんと支払ってやれば、安全を保障してくれる奴だという認識は今でも変わっていない。
―――ただし支払いが滞ったときのことなど、考えたくもないが。

邸宅の扉は鍵が開いている。侵入者の末路が庭に飾られている死霊術師の家に忍び込む馬鹿はいないだろう。
扉を叩くこともせず、中に入る。
死の匂いを隠すために屋敷に焚きしめられた、甘いがすがすがしい薫香に包まれる。
当然ながらこの変わり者の住む邸宅に使用人はいない。
必要とあれば主が状態のいい死体を働かせるので、問題がないといっていたか。
勝手知ったるOlegの家なので、迷うことなく左手の廊下を奥へ進む。

この時間なら茶でも入れてるだろうと、研究室の扉を開けるとソファに深く腰掛け
少しくたびれたブーツを履いた足が足置き台の上に投げ出されて、死霊術師が思索にふけっていた。
「いらっしゃい」
ソファは一組しかない。そもそも客が来ないのだから不要なのだ。
Ackermannは主に椅子を勧められることがないのを知っているので、そこいらの机から椅子を移動させて座る。
「Vesperに就職したって?ん?」
死霊術師は顔の前で指を組み、しなやかに動かしながら、深い藍色の瞳でイカれた技術者の顔を面白そうに眺めている。
「・・・あれを就職というのか??ただ働きもいいところだぜ。」
「では言い換えよう、トクノでいうところの御奉公。うん、しっくり来る。」
何とでも言えよ、と受け流す。まあ状況的にはそのようなものだ。
「さて、今日は相談だ。時間あるか?」
「ほかでもない君の頼みだ。退屈な実験は後回しにするさ。」
その語尾に金次第だがね、と技術屋は自分で補完する。
「まぁ、茶でも飲みながらゆっくり聞こうじゃないか。」
Olegは実験器具の前へ行き、透明な液体の入った耐熱ガラスのビーカーを加熱台の上に載せる。
死霊術師がぱちりと指を鳴らすと、ちびた蝋燭に火がつき容器を暖め始める。
技術屋は平静を保っているふうに装っているが、あれは水なのか疑問が頭をかすめた。

その態度が知らぬうちに顔に出ていたのか、Olegはため息をついた。
「いつも言っているのだが・・・君は私を警戒しすぎだ。
これはついさっき水樽から汲んできたただの水だ。湯を沸かしてるに過ぎない。
まぁ、以前魔法薬と間違ったのはちょっとした手違いだ。気にするな。」
その手違いで3日ほど体が硬直して意識はあるのに指一本も動かせないという、散々な思いをしたのは忘れようがない。
それ以降、AckermannはOlegと同じ容器から出されたものしか飲み食いしないのも仕方のないことだろう。

ビーカーはじきにコポコポと小さな泡をはじけさせて湯気をたてはじめる。
Olegはろうそくを吹き消すと湯にトクノ産の紅茶葉を木匙で2杯投入し、手近にあった白い磁器の皿で蓋をする。
「カップは・・・これでいいか。」と独り言を言いながら、実験器具の棚から小さいビーカーを取ろうとする。
わずかに薄汚れているのは、何かの実験で使ったあとか。
少し前に会った時、死体の防腐剤の実験をしているとかいっていたような。
もしくは、それ以上に薄気味悪いものか、想像に難しくない。

Ackermannは慌ててさえぎる。
「台所から取ってくるから!それはやめてくれ!」
「君は神経質だな。死にはしないよ。」
「絶対、い や だ!」
必死に強調する様子に、Olegは笑った。
「じゃあ引き出しに入ってる茶漉しもよろしく。先日使役した動死体が不器用なやつだったようでな、
少々台所が荒れているが気にするな。そのうち新鮮な死体が手に入ったらそいつに片付けさせるから。」

その言葉通り、台所の床には大量の木皿や陶器の破片が散らばっていた。
片隅の洗い桶には食器がうずたかく積みあがり、得体の知れない羽虫が飛んでいる。
それらを見なかったことにして、戸棚から奇跡的に残っていた白いカップ2つと茶漉しを見つけてもどった。

死霊術師は白いハンカチで熱いビーカーを包みながら、香り高い紅茶をカップに注いでひとつをAckermannに勧めた。
Olegが一口飲んでようやく技術屋が口をつける。
「それで?警戒心が服を着て歩いてるような君が私に何の相談かね?」
「あ、ああ。」

AckermannはKathleenにまつわる事件とその一連の出来事をOlegに話す。
聞き終えた死霊術師は腕を組み、蜘蛛の巣のかかる天井の一点を見つめて思索する。
やがてぽつりと口を開いたが、あまり芳しい内容ではなかった。
「そのKathleenという女性、もう助からんかもな。」
「いや、それじゃ困る。何とかいい方法を考えてくれ。」
「Vesperで冬将軍とやらに噛まれてすでに1年近い。精神への影響も相当出ているようだし、
コアが近くにあるだけで、おそらく彼女は早々に肉体も精神も支配されてしまうだろう。
そうなれば彼女が第二の冬将軍としてこのブリタニアに君臨することになる。
冒険者たちが彼女を打ち滅ぼしても、コアが存在する限り別の人間を支配して侵攻を始めるだろう。」
「じゃあ、どうしろってんだよ!」
思わず立ち上がるAckermannを死霊術師は制する。

「落ち着きたまえ。君の事情も理解しているし、手がないわけではない。
だが、Kathleenには不本意な結果が待ってるかもしれんが、どうする?」
「どうせ、ほかに方法がないんだろ?聞かせてくれ。」
「随分とその女性に入れ込んでるな。惚れたか?」
「誤解されては迷惑だ。お互いにな。俺はただ、自分の居場所をまた失いたくないだけだ。」
面白そうな表情で死霊術師は左眉を上げて見せたが、それ以上Ackermannを追求しなかった。
「いいだろう―――まぁ、簡単に言えばネズミが猫に鈴を付けに行くようなものだ。やるか?」
「ああ。教えてくれ。」
「………喰われても苦情は受け付けんからな?」
そうして、死霊術師からひとつの提案を聞いた。
到底不可能と思われるような、だがAckermannならできるかもしれない、そんな内容だった。
二人の男は「猫の鈴」の準備に取り掛かった。

*     *     *

ブリテインに再び宿を取ると、Adeleから言付けが届いた。
Kathleenが目覚めたが様子がおかしい、とのことだった。
General frostのKathleen支配がついに始まったのだ。

Ackermannは白衣のポケットに納めた品物を指先で確認しながら、Kathleenの家へ向かう。
真冬である以上に、一歩一歩進むごとに空気が北極並みへと冷たさを増す。
花壇の噴水は凍りつき、冬の花々も霜で白く染められている。
この力の発露は、どう考えても「奴」しかない。

Adeleが上着を幾重にも着重ねて扉の前で待っていた。
Kathleenへの忠誠心は見上げたものだが、唇はすでに紫色で歯の根が合わないほどにがたがたと震えている。
「Ackermann様!お嬢様が!」
「わかった、あんたは城に走って衛兵に知らせるんだ。」
「あ、あなたは?どうなさるの!」
「詳しいことを説明してる暇はない。俺が失敗したら、城の広報官殿に冒険者を集めてもらってくれ。」
「そ、そんな!お嬢様を助けて―――」
取り乱す家政婦の腕をつかんで揺さぶる。
Ackermannの眼鏡越しの真剣なまなざしに、Adeleが動きを止める。
「出来る限りのことは、やる。だから約束してくれ。いまは城へ行って衛兵に集まってもらうんだ。いいな?」
「わ、わかりました。どうぞお気をつけて・・・お嬢様を助けてくださいませ!」
「………あぁ」
そして家政婦の肩を押して送り出す。
弾かれたように走り出すその背中を見つつ、凍った岩のように冷たいドアノブに手を掛けた。

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