BNN – スカリスの出現(Rise of the Scalis) – 2が更新されました。
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スカリスの出現(Rise of the Scalis) – 2 投稿日:2010年10月15日
この物語はスカリスの出現(Rise of the Scalis) – 1の続きであり、Dan Youakimによって書かれたものです。
「……マストだ」
その一言が心に届き、ぎくりとしたアブラム(Abram)は眠りから飛び起きた。老いた片目の船乗りは、その目に手をかざしつつ若い船乗りを見つめ、彼が今なんと言っていたのか思い出そうとした。
「マストだと?」アブラムの全身の血管をアドレナリンが駆け巡りだした。海上の屑拾いを生業とするこの二人がニュジェルム(Nujel’m)の港を出港したのは、およそ一週間も前のことだった。不釣り合いなボロ船の船上でブリタニアの海を漂流していても、この仕事をやめる気などちっとも起きることはなかった。唯一の生存者が数日前に死んだ漂流船、サイレイン号(the Cirein)が最後に確認された座標。二人はそれを首尾よく入手していたのだ。ブリタニア海事法の下では、こういった漂流船を最初に発見し、権利請求を行えば、船倉の品々も一緒に手にすることができるのだ。
「イェロ(Yero)!」返事がないのでアブラムは相棒の名を呼んだ。
「へい。えーっと」イェロは目を細め、少し自信なさげに答えた。「少なくとも三海里先……かな」
一年の間でも今の時期は、この水域に船が多いとは言えない。だが、サイレイン号のように船を出す例外もあった。手持ち無沙汰になっているベスパー(Vesper)の船員は、臨時雇われとしてそういった船に乗り込んでいた。サイレイン号は大型の漁船で、アブラムもよく知っていた。大漁続きの船だというもっぱらの評判だった。船倉の品物をベスパーで売りさばけば相当な金になるのは間違いない。サイレイン号の出航からたった二日後、乗組員の一人が浜辺に打ち上げられた。発見されたとき、死後間もない状態だったという。
沈黙を破って、イェロがぶつぶつと詩を口ずさみはじめた。「深く暗き海底より、現れいでる獣あり。いにしえの……」
「おい!」アブラムは革のように固い顔を動揺で紅潮させて叫んだ。「くだらん歌はやめろ!」
イェロはおかしそうにくすくすと笑った。「あんたも聞いたことがあるでしょうに?」
「おぅ、聞いたことはあるさ! てめえはそれしか歌わねぇんだからよ。この役立たずのくずが!」つい、アブラムは手元から完全に意識をそらしてしまっていた。だが、既に航路は遠くに見えるシルエットに向けて設定されていたので目標を見失うことはなかった。到達までにはもうしばらく時間がかかりそうだ。空は暗くなり、冷たい風が吹いてきたが、船は波をけちらし、富を目指して進み続けていた。
「へい、」イェロは反論せずに言った。「あのサイレイン号の若造のことを思うと、つい連想しちまうんすよ。こんなふうにエンフォーサー(enforcer)のことをずっとぶつぶつ言ってたじゃないっすか」
アブラムは少し考えているようだった。「てめえが歌った歌詞は意味があるってか?」
「歌じゃないっすよ。『海の伝説から抜粋』ってやつでさぁ」イェロはきまり悪くなっていった。詩を読んだことを相棒に認めたも同然だったからだ。
「そうかい。で、その伝説ってのはどんな話だ?」とアブラムは尋ねた。到着までまだ時間はあるが、どのみちこの天候の中では他に楽しめそうなものもない。
「遥か昔の時代、王国全体を恐怖のどん底にブチ込んだ海のバケモノの話なんすよ」
アブラムは嘲笑うように鼻を鳴らした。「海の怪物? そんなもん、珍しくもなんともねぇじゃねぇか」
「フォーン海岸(the coast of Fawn)での凄まじい戦いの末、」イェロは言葉をつづけた「王様と二人の王子がそいつを海底に追っ払って、二度と現れなくなったんでさぁ」
「おいおい。ただ逃げておしまいなのか?」とアブラムは笑い、この若者の話を真面目にとりあおうとはしなかった。
イェロはうなずき、「そうなんすけどね、最後に警告を残して行ったんですよ」そして軽く咳払いをして喉の調子を整え、恐ろしげな作り声を出して演じだした。「我は海洋のエンフォーサーなり。貴様らの悪しき振る舞いから我が領域を全力で守るものなり。海の生き物たちが苦しむとき、我は再び現れようぞ」
「魚のバケモンのくせにしゃべるとはな」アブラムはそうは言ったものの、本音としては、この話に興味をそそられていたようだった。
イェロはため息をついた。「しょうがないじゃないすか。古い話ですぜ? でも、アブラムさんが知らなかったなんて驚きだなぁ。ロード・ブリティッシュ時代以前から伝わる話なんてそんなにないんですぜ。だけどこの話だけは、」目標の船との間隔を測るため、イェロは一旦言葉を切った。「船乗りだったら、航海の心得ってことで誰だって知ってるんすよ」
「そうかい。だが、そんなもん、所詮ガキのつくり話だな!」おくびにも出さなかったが、アブラムはこの話のせいで少し不安になっていた。古きアカラベス(Akalabeth)の時代、またはそれ以前から、まさに復讐のために蘇ってくる古代の怪物。そのようなものにでくわしたら、どんな船乗りでも命を落とすことだろう。
そんな考えを押しやり、アブラムは舳先に迫ってきた目標に考えを集中しようとした。近づくにつれ、マストをむき出しにして漂う船の姿が見えてきた。それは確かに漂流船であるように見えた。例えそうでなかったとしても、今のアブラムならば何が見つかろうと喜べるはずだった。二人はプレジャーシティー(City of Pleasure)で有り金をほとんど使い果たしていたので、とにかく売り払える物を手に入れたくてたまらなかったのだ。
「あれを見ろ!」イェロの声は、驚きのあまりほとんど叫び声といっていいものだった。
イェロの指さす先を見たアブラムは、その光景に驚愕した。船の後部マストはぽっきりと折れていた。メインマストはかろうじて立ってはいるものの、綱や鎖といった索具はマストから引きちぎられている。船体は穴だらけ、しかも大砲攻撃で出来たとは思えないほどの巨大な穴ばかりだ。さらに船を近づけていくと、彼らの船の船体に、海面に浮かぶ様々な瓦礫がぶつかりはじめた。ほとんどはガラクタだったが、非常用の矢軸が浮かんでいるのが見えてアブラムは落胆した。海賊と戦ってこのありさまになったのだとしたら、船倉の中身などとっくに持ち出されてしまっているに違いない。
「アブラムさん、そこの魚かぎを取ってくだせぇ」右舷から身を乗り出したイェロが背後に向かって声をかける。
こいつは海賊の仕業じゃねぇな、漂流船の周囲を見まわしながらアブラムは心の中でそう思った。
まるでその心を読んだかのように、イェロは身を起こして大声を張り上げる。「
こいつは海賊の仕業じゃねぇっすよ!」
その理由を強調するかのように、イェロは小さな白い肉片をかかげた。疑う余地もなく二人は確信した。この船はリヴァイアサンに襲われたのだ! この生物は商船や漁船の装備では到底太刀打ちできるようなものではない。ひとたび襲われれば逃げ延びることなどほとんど不可能といってよかった。たとえ数日前のことだったにせよ、この最凶の海洋生物がこの付近にいたのだと思うと、二人は全身が恐怖に包まれる思いだった。
「アブラムさん、」イェロは懇願するような声を出した。「もう行きましょうや。こんな船のことは忘れちまいましょう」
アブラムは答えなかった。だが、この若き相棒の意見に同意できないわけでもなかった。アブラムは船を操り、漂流船の船尾から左舷の方向へ回り込んだ。イェロは突然声にならない悲鳴をあげて腰を抜かしそうになった。今まで漂流船に遮られて見えなかった海面を目にし、アブラムも冷静でいられなくなった。彼らの目前には、恐怖で身がすくむような光景が広がっていたのだ。
漂流船の左舷側には大量の血と肉片が浮かんでいた。形状はリヴァイアサンに似ているようだったが、どうしてこれがずたずたに切り裂かれているのか、アブラムには全く見当がつかなかった。あの恐ろしい生物の胴体部分だけが残り、その他の部分は切り裂かれ、広範囲に散らばっているのだ。
二人の屑拾いの恐怖にあえぐ呼吸音以外、なんの音もしなかった。コツコツと何かが叩くような微かな音が彼らの船の船尾、ちょうどアブラムの真下のあたりで聞こえた。規則正しく響くその音は、舳先に向かって移動しながらゆっくり大きくなっていく。その始まりと同じように、突然音がしなくなった。イェロはなんとか声を絞り出した。
「アブラムさん、」不思議と彼の声は冷静だった。「転回しやしょう。急いで逃げ……」彼の言葉は、二人の周囲に突然湧きおこった水しぶきで遮られた。
海中から飛び出してきたウミヘビが若い相棒に襲いかかるさまを、アブラムはただ恐怖にすくみながら見つめるしかなかった。体のありとあらゆる部分をこの小さく邪悪な生き物にまとわりつかれ、イェロは血も凍るような悲鳴をあげ続けた。アブラムは急いで助けようとしたが、手遅れだった。彼の相棒は甲板の上に倒れこみ、すぐに動かなくなった。
いまや一人残された屑拾いは船尾に駆け戻り、小さなクロスボウを取り出した。そんな物であのウミヘビの攻撃をどうにかできるとは到底思えなかったが、彼に残されているものはそれしかなかった。突然、船が下から突き上げられたかのように激しく揺れ動き、アブラムは転げそうになった。なんとか体勢をたてなおして見上げた彼の目に、想像を絶する獰猛な化け物の姿が飛び込んできた。人間のような形をしてはいるが、とてつもない大きさ。この化け物の巨大さに比べたら何もかもがまるで小さなアリ同然だった。巨人の口のあたりは、アブラムの身の丈ほどもある巨大な触手で覆われている。体はフジツボの鎧で守られていた。本来なら右手があるべき場所には、手の代わりにカニのような巨大なハサミが生えていた。
「その身の丈は天にも届き、あふれる力に限りなし」アブラムは畏怖の念に打たれながら小声でそらんじた。自尊心から決して認めはしなかったが、イェロの話していた伝説は彼も知っていた。それどころか、よく知っていたのだ。船乗りだったら誰だって知っている航海の心得なのだから。ようやくアブラムは行動を起こす気力を奮い起こした。怪物の胸に狙いを定め、クロスボウを発射する。巨大な胸めがけて飛んでいくボルトをすぐに見失ってしまい、果たして命中したのかどうか判らなかった。
だが怪物の方は反応した。巨大なハサミを伸ばしてアブラムを挟み、怪物の目の高さまで持ち上げたのだ。なすすべもないアブラムと怪物の目と目が合った。アブラムにはその時間が永遠にも思われた。
しっかりとハサミに捕えられ、もはや抜けだすことがかなわなくなったアブラムは、あの詩の最後の一行をふとつぶやいた。「海洋荒らす者どもを、捕えて離さぬそのハサミ」
まるでそのつぶやきが合図であったかのように、怪物のハサミは、閉じられた。
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