BNN – 闇に動きだす者

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BNN – 闇に動きだす者                 投稿日:2011年6月7日

フードを被った一人の人影が、ロイヤルシティの通りを歩いていた。粉々に破壊された建物と人気のない通りを縫って歩くその姿は生ける屍のようだった。折れ曲がり、役に立たなくなった両翼は、花弁の如く垂れさがっていた。静寂と崩壊。ザー(Zhah)は血の気を失い、かつての力強さは微塵も残っていなかった。

引き裂かれ、滅茶苦茶になった彼女の民の躰が通りに散らばっていた。勇敢さを持って守ろうとした土地。まさしくその土地が彼らの血で染まっていた。結局は全て無駄だったのだ。不幸にして即死できなかった者たちが彼女の周りですさまじい苦痛の声をあげて彼女の耳を襲い、この結果を招いた失敗を貶した。叫び声が止まり、苦痛にもがく民に残された唯一の安らぎ、“死”を与えられるよう願い、両手で耳を塞ぎ、まるで気が触れたかのように激しく頭を振った。

再び涙がこぼれ落ち始め、ザーは目を閉じた。どうしてこんなことになってしまったのだろう? 彼女はとても注意深く、また絶えず努力してきた。これまでの千年間、彼女は肉体的にも精神的にも限界を越えて自分を追い込み続け、自身を強力な武器にすべく努力してきた。快適さ、あるいは幸福といったようなものは全て犠牲にし、たったひとつの望みのために生涯を捧げていた。ボイド(the Void)とその脅威を絶やすために。しかし、自己研鑽のきっかけとなる出来事が起きた時、彼女は裸同然の赤子の翼をひねるかのように打ち負かされていたのである。その後、比類なき学習量、訓練量、そして決意により、あの闇に対して無数の勝利をおさめることができ、再来に備えて今も訓練しているのである。

心痛のあまり、空から大きく忌まわしいデーモンが残忍な顔に薄ら笑いを浮かべて背後に舞い降りたことに、ザーは気づけなかった。自らの失態に責めさいなまれ、他のことには何も気づけなかったのだ。彼女の意識を引き戻してくれたのは、ほんの一瞬前まであれほど止んで欲しいと願っていたうめき声だった。しかし、遅すぎた。背後から差す光を遮った影を見て振り返ったザーは、目の前に敵がいることを悟った。ついにデファイラー(Defiler)が彼女を見つけたのだ。

そのデーモンのニヤニヤとした笑みは狂気じみた笑いに変わり、血まみれの鉤爪を彼女へ伸ばした……。

……そして、彼女は悪夢から目覚めた。叫び声が思わず漏れたザーは必死に周囲を見渡してシーツを胸元にかき寄せ、激しく鼓動する心臓を落ち着かせようとした。夜の空気は緋色の肌に浮かぶ汗の雫に冷たい息吹きを吹きかけ、ザーを現実に引き戻した。

呼吸が落ち着いてきたところで、このガーゴイルの女王は近くの開いた窓からテルマー(Ter Mur)の地平線を見渡した。美しく穏やかな夜だった。死体を焼く炎で明るくなるでもなく、風に運ばれて届く悲鳴が聞こえるでもない。彼女は安堵の溜め息をもらし、民が安全であることを悟った。

今のところは。

ザーにはこれが単なる夢ではないことが判っていた。これはメッセージであり、注意が必要だった。大きなベッドから立ち上がると、ローブを手早く羽織り、大股で寝室のドアへ向かった。ドアを引き開けると、外に配置された二人の護衛に鋭い視線を向けた。護衛たちは彼女の方に向き直り、深々と礼をして女王への敬意を表した。

「リンズロム(Linzrom)を呼び出しなさい。今すぐ彼と話さなくてはなりません」

護衛たちは敬礼すると、直ちに一人が護衛長(guard captain)を呼ぶため出発した。ザーは残った護衛の方を向き、リンズロムが来たらすぐに居室に通してよいとの許可を与えた。

自分の部屋に戻ると、ザーはすぐに鎧を装備し始めた。リンズロムの到着を告げるノックが響いたとき、ザーはバルコニーに立ち、遠くを凝視し、まるで夜の闇の中の何かを見出だそうとしているようだった。指示のとおり、リンズロムは入室の許可を待つことなく大股で入り込んできた。その顔には心配そうな表情が浮かんでいた。

「女王陛下?」

静かに物思いにふけっていたガーゴイルの女王は、護衛長の方を向いた。

「デファイラーが動きだしました」

ガード隊長は、実戦で鍛え上げられた怖れを知らぬ経験豊富な戦士だった。 しかしザーの言葉は氷の短剣のごとくこのベテランに突き刺さり、彼の背筋には冷たいものが走った。

「それは確かでしょうか?」

ザーは遠くを見る目をしてうなずいた。

「今夜、奴の夢をみたのです。実際のところ、夢というよりも、私が失敗したときに起こることのビジョンです」

「では、また出発なさるのですね?」

「すぐにです。数日間の予定ですが、あなたには多数の兵士をアセニウム(the Athenaeum)へ送っていただきたいのです」

「アセニウムですか? 陛下?」隊長の声は驚いた声で言った。数世紀も昔から、女王以外は立ち入りを禁じられている島だからだ。

「そうです。リンズロム。私自らが行ければ良いのですが、より重要な収集作業を進めねばなりません。島に向かうことができるよう、ポータルを再起動します。島全体と、例の呪文の状態を調べ、何か異常があれば直ちに報告して欲しいのです。嫌な予感がしてならないのです……。残された時間は我々が願っていたほど長くないかもしれません」

動揺しながらも護衛長は頷いて同意した。

「仰せのままに。陛下」

「旧友よ、ありがとう。では、出発する前に一人になりたいので、下がってください」

リンズロムはうやうやしく礼をすると部屋を出ていった。ザーはバルコニーに出て手すりにもたれた。彼女の眼差しはロイヤルシティの建築物を見渡した。夜の街の息を飲むような美しさに微笑んだ。地平線に視線が移ると、ザーの顔から微笑みが次第に消えていった。そしてアセニウム島へ目をやったとき、目覚めてから感じたあの恐怖が再び沸き上がってきた。

「デーモンよ。この街は渡しません。今度こそお前を倒してやるわ」

深く息をつくと、このガーゴイル女王は空に羽ばたき、夜の闇に消えていった。その行き先を知っているのはただ一人、彼女だけだった。

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