2025年8月13日
我が家の愛犬 柴犬むぎがお空組となり、旅立った。
13年と11か月一緒にいることができたね。
我が家のデッキに迷い込んできたのは2011年9月20日。
捜索願いは出されていないようだったので、飼うことにした犬だった。

むぎが旅立って数日、もう、ずっと、何年も前にいなくなったような、そんな気持ちだった。
色々とがんばってきた。
むぎとの生活に対しての後悔はない。
そう思っていた。
でも、いなくなって2週間も経つと、今度は、やっぱりむぎに会いたくなって、
むぎは幸せだったのかな?
うちに来る前はどうだったのかな?
むぎの49日を迎える前に、むぎの弟を迎えることを決めたこと、むぎはどう思っているかな?
せっかく、むぎの弟を迎えると決めたのに、どうして、こう、子犬を迎えるわくわく感がないんだろう。
弟くんに申し訳ない・・・・。
そんな想いが強くなり、涙する日が増えた。
霊視を依頼しようと思ったきっかけ
インスタやブログをみたときに、ペット霊視の記事をみた。
ペットと会話ができる人のお話や、写真で霊視ができる人のお話。
いくつか読んだ中で、
Aさんは、仕事の都合で実家を離れることになった。
月に1回、実家へ戻ってくるとき、実家の母が、Aさんを愛犬と待っていた。
そのとき、母は、〇ちゃん、何時に帰ってくるかなー?と愛犬に話しかけながら待っていた。
母はAさんのことを〇ちゃんと、本名とまったく違うあだ名で呼んでいた。
そして、愛犬が亡くなったあと、Aさんは、ペット霊視を依頼した。
その中で、霊視をした人が、このわんちゃんは、〇ちゃん何時に帰ってくるかなーって、お母さんと待ってたよね、と言ったという。
Aさんが母に、〇ちゃんと呼ばれていることは、誰も知らないし、もちろん、その霊視の人にも言っていない。
それなのに、ペットが言っている言葉として、ちゃんとわかる。
これは、本物だと思いました。
という内容だった。
この人なら、本当に視えているのかもしれない、そう思った。
その人の名前で検索をかけ、アプリを通じて予約ができることを知った。
予約は2週間先じゃないと取れなかった。
それでも、むぎの弟を迎える前、そして、むぎの49日を迎える前に予約をとることができた。
予約枠は30分。
必要なのは、ペットの名前、性別、年齢、使っていたおもちゃや生活していたエリアの写真など。
依頼主の名前も不要。
あとは、聞きたいことを書いて送信し、予約の日時を待つ。
霊視の結果
実際、アプリを通じての通信や電話の回線の接続が悪く、30分の中で、20回くらい切れたか・・・。
お話をちゃんときけたのは、とても短い時間で残念だったけれど、内容には満足したので良し。
わかったこと(おおまかに)
- むぎは柴犬じゃなかったこと、秋田と柴の雑種だった(笑)柴が強いけど。
 - もともとは多頭飼いで猟犬だった。
 - 時間内に戻ることができなかったので、回収されず、山を歩いてカエルなどを食べながら、雨風しのげてごはんをもらえるところを探していた。
 - 室内にいれようとしても、番犬になると決めていたから、家には入らなかったと思う。玄関ドアの横の雨風雪がしのげるデッキで、家の中の生活音を聞きながら、犬小屋もあり、羽毛クッションもありの生活に満足していたよ。
 - 猟犬だったから、獲物を捕らえろと命令がないと襲い掛かれない。だから、宅配便の人などの侵入者(むぎからみた)がきたときは、襲い掛からず、ワイヤーを噛んで我慢。無駄吠えはしない。
 - 我が家にきたときは2~3歳。死因は老衰でいいと思う。
 - 猟犬だったころに経験できなかった幸せな世界を知ったよ、ありがとう。
 - 大好きだったよ
 - 弟がくることになってよかったじゃん
 - すでに、弟に、どういうことをするとみんなが喜ぶか教えているよ(まだ我が家にはいないので、ブリーダーさんのところで教えてるのかも)
 - みんなを見守っているよ
 - いま、ここにいるよ。49日までにしたいことは、夜ご飯を一緒に食べたいって。
 - リビングにはいっちゃだめっていったのはだれ?よしって言われないから、ずっと玄関にいるよ。よしって言ってあげて。
 
にせ(*゚∋゚)はリビングに入れたがっていたが、(*゚∋゚)がダメと言っていた。
インコのぢょぴもいるし、棚の背は低く、小物が多いので、食べてしまったりすると危険だから。
もう、骨壺はリビングにあるし、写真も飾って、おやつもお花もあげている。
だからいいかと思っていた。
そしたら、骨はもう、物だから、関係ないから。
いつも見ていた景色のところに撒いてもいいんだよ、49日関係なく。
まだ玄関にむぎいるよって。
朝は、むぎが先に食べて、おなかいっぱいになって寝ていたから、きっと人間の朝ごはんに気づいていない。
昼は、デッキで一緒にいて、おやつをあげたりしていた。
夜は、玄関で、皆がリビングでごはんを食べているのを待っていて、あとで玄関でおやつをもらっていた。

キッチンでむぎの食事や、家族の食事の支度をしているときは、こうやって玄関から覗いていた。

亡くなる1か月前、足がおぼつかなくなってワイヤーを自分でさばけなくなった(絡まるようになった)ので、ワイヤーを外してフリーにし、ベビーゲートをつけたときは、こうやって覗いていた。
だから、いまも、こうやってリビングに入らず、待っていると。
おばかなの(笑)?
もう、ベビーゲートもなければ、ワイヤーもない。
自由の身なのに。
こういうところが、律儀におばかでかわいいむぎ♪
だって、いままで命令きいたこと、ないじゃん(笑)。
呼び戻しもできないしさ。
去年、一時的に、一緒に寝てくれないことがあった。
触ると怒るようになった。
なんで?って聞いたら、調子が悪かったから。
男の子だから、恰好悪いところ、みせたくなかったの!
だって。
むぎが幸せだと思ってくれていたこと。
大好きって思ってくれていたこと。
弟にもう教えていること、よかったって思ってくれていること。
見守ってくれるって言っていること。
短い時間だったけど、むぎの想いがわかってよかった。
ちょっと心が軽くなった。
でも、余計、むぎに会いたくなった。
この日の夜から、むぎ、おいで!って玄関からリビングに呼んでから、食事にすることにした。
むぎの弟を迎える準備をしよう
約6年、玄関でむぎと一緒に寝ていたときは、マトレスを敷き、洗えるおねしょシーツなどを敷き詰めていた。
元気なときは夜だけ、この1年は1日中。
そんな玄関も、いまでは、常にフローリングのままで殺風景だった。

でも、明日、むぎの弟がくる。
そして、今日はむぎが来た日、9月20日だ。
むぎの弟が来る準備をしよう。
あっちこっちにおしっこ漏らしたりするだろうし。

むぎはシニアだったから、ベビーゲートは1か所だった。
飛び越えることもできなかったし。
でも、今回は3か所に増えた。
むぎのときは、ケージもなかったし、サークルもなかった。
サークルはご近所さんからのいただきもの。
ケージは、災害時などのために、むぎ用に購入したけれど、入ることを確認しただけで、あとは畳んでしまわれていた。
今回はちゃんと使うことになるかな?
むぎのときとは、若干設置が違うけれど、この光景をみると、とても懐かしく思える。
ほら、こんな感じだったんだよ、むぎ↓
この懐かしい光景をみると、また、むぎに会いたくなるね。
むぎーって呼んだら、そこに転がっていそうだよね。
安心できる、(*゚∋゚)の寝室玄関(ぇ?)♪
むぎの49日まで、あと1週間ちょい。
この間に、むぎが、この玄関で、弟にちゃんと教え繋いでいってくれるといいなと思えるようになった。
今回のはじめての霊視という体験は、とても、いい効果があったと自分では思う。
相手の方の話し方も、とても落ち着いた声で安心できた。
アプリ通話の細切れ切断がなければ、もっと有効な時間が得られたと思うけれど、これはこれで、いい思い出。
これからは、むぎの弟、ごまを迎えて、はじめての子育て経験となる。
だって、むぎは育ってしまってからのうちの子だったからね。
むぎ、教育係、よろしくね!


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