霞という魔法。

霧の中を歩いている時に

たまーに言ってしまう言葉

「まるで別荘地に来たみたいだね」

イメージは朝霧高原とか軽井沢とか白樺の林。

どこかに旅行にいったとき、用もないのに朝4時とか5時に目覚めてしまって、

ぷらぷらと早朝散歩をしているときのよう。

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これが決まっていつもの朝夕 定番の犬の散歩道

往復45分の道。

そうだ、ここは他所様からすれば、別荘地だった。

何気なく毎日歩いているこの道も

都会から来れば、十分、いつもとは別世界なんだろうなぁ

仕事から帰宅するのが遅い日は

この道は街灯すらなく真っ暗で

懐中電灯やら首にぶら下げるタイプのライトで足元をみるのがやっと。

森の中に光る赤い眼はとても気持ち悪いくらいの鹿の集団

昼間にみる鹿の集団は怖くないけれど

暗闇でみる赤い光る眼の集団は、草食動物の鹿だとわかっていても、車体を踏み潰して走り去るあの巨体の集団は、

心臓が一瞬 ぎゅっと止まるような冷や汗がでる。

イマドキの都会では

こんな街灯もないような山道で通り魔事件とかあると

街灯がないから悪いとか、木々を鬱葱と茂らせているのが悪いとか

色んな言い訳をつけさせて、森林伐採とかどんどんされて、開拓されていくんだろうなぁ

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子どもが川でおぼれた

それが遊泳禁止の川だった

しかし、看板はあるが柵がなかったとか

それが近所の子どもで普段からこの付近で遊んでいたとか

そういった事故があると、すぐに柵がないから悪いとか、行政の対応はどうだったとか責任追及するけれど

なんでもかんでも行政に責任を押し付けるのではなく

危険だから近寄っちゃいけないとか、そういうことをきちんと親が教えていたのかどうかが、まずは問題じゃないのか?

子どもとは、ダメといってもやるものだ

そういう生き物なんだし

なんでもかんでも殺菌、抗菌とか、危ないからとかいろんなものから守りすぎて

自分で危険回避行動をとるとか、経験で覚えるとか、バイキンに免疫をつけるとか

なんか、自分で生きていく力をもっと養った方がいいんじゃないの?

自分の育った環境は、普通のサラリーマンの家庭だったけど

幼い頃に年単位で農業・畜産の田舎に預けられて育ったり(好んで預けられたともいう)

山を丸ごと1つ持っている小学校に在籍したり(毎朝のHR前のマラソンが山1周だった)

今思えば、恵まれた幼少時代だったんだと思う。

転勤するたび、新興住宅地に住んでいたので、自分もそういうところに家を買うんだと思っていた

気がつけば

こんなところに住んでいる

幸せなことです。

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